2014年5月28日

旅パート2 ‟You ’re the reason I’m travelin’ on”

Filed under: blog — Nishitani @ 9:46 PM

時の流れは空間の影響を受ける。
東京から田舎の高知に帰郷すると、時間の流れがとたんに遅くなる。
縁側の軒下で本を読みながら、陽のやわらかさに目的性のない充実感を感じている。

夜、かつおのたたきを肴に旧友と飲む。
彼は、中学・高校時代の友人で、二人で飲むのは実は今日が初めてだ。

彼が中3の時、クラスメートが日替わりでつける学級ノートに
‟I’m a child”というNeil Youngの歌のタイトルをのせていたことがある。
前後の文脈はすっかり忘れたが、とにかく、彼の文字の筆跡まで鮮明に記憶に残っている。

彼は最近、Bob Dylanのコンサートに行ったそうだ。
片道6時間かけてバスで行ったらしい。
いかにも彼らしいと思う。
Dylanのコンサートを聴くにはそうあらねばならぬ、ということなのだ。
その人らしさは、その人が生きてきた時間の中で結晶することを再確認する。
その結晶が、じぶんのなかのこどもということになるのだろう。

新聞社の幹事をしている彼の書く文章は信頼がおけるだろうし、
彼という媒体をろ過する形で、丹精込めて作り上げた
すばらしい手仕事になっているのだろうと思う。
何しろ、6時間もかけてバスで行くのだから。

ところで、Bob Dylanの歌詞は難解だが、ある一節が現実の出来事以上のリアリティーで
感じられることがある。
例えば、You ‘re the reason I’m travellin’ on.(Don’t Think Twice,It’s All Right.の中の一節)

旅する理由は、旅の数だけあるだろうが、それが恋人でも、友人でも、
親であっても、「きみ」がいる、ということが、「僕」が旅するほんとうの理由じゃないのか。

「サヨナラダケガジンセイダ」ーたしかに、そのとおりだろう。
だが、別れを強く感じられる人間がいるということは、
それだけ深い出会いがあったという証でもある。

 例えば、「きみ」が「恋人」ならこんなふうだ。
I once loved a woman. a child I’m told. 「かつて女性を愛した。あなたは子供ねと言われた。

I gave her my heart but she wanted my soul. 僕は心を与えたが彼女は僕の魂を欲しがった」


恋人との別れは、その傷を癒す旅の中で、例えばこんな風に思い出されるのだと思う。

「きみ」といつまでも一緒にいることはできないのだ。

「きみ」と別れるために、そして、いつか、「きみ」と、遠く、どこかで再会するために、
「僕」は旅をする。

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