2010年6月8日

残金35円

Filed under: blog — Nishitani @ 10:38 AM

 先週の週末北海道、函館にあるJazz喫茶BOPに行ってきました。北海道は僕にとっていわば聖地。日本のサッカーファンにとって国立競技場のような存在です。僕が20歳の頃、人生に途方に暮れていた時、旅に出て放浪したのが北海道でした。思えばそれから何度北海道に行ったことか・・・。僕にとって迷える子羊を探す旅の終着点はいつも北海道。行くたびに何かが見つかった気がします。下記に引用するのは、今から2年程前に「成人の日」にむけて僕が新聞に書いたエッセイ。時事通信社を通じて、全国の地方紙に掲載されたものです。
 
 「成人の日」エッセー
 二十歳になる一ヶ月前、僕は東京・吉祥寺の井の頭公園のベンチに座っていた。高知という片田舎から期待に胸を膨らませて上京した人間にとって、学園紛争後の東京の空気はやけに空々しく、まして自分の将来の見取り図が描けない二十歳前の若者に、現実はむなしくすぎさっていた。夢が無ければ、大学生活からは本当の充足感は得られない。人生に対する初めての“壁”だった。
 
 その時、公園の新緑の木々のこずえの向こうから風が吹いてきた。その風が僕に行った。
 「北へ行けよ・・・。」
 「えっ?北へ行けだって?」

 人生で初めて聞いた風の声を信じた僕は北へ向かった。いや、逃げた。いくら希望の大学へ入っても、夢が無ければ日々の現実はむなしいだけだ。自分の内臓感覚の命じるままに動いてみよう。

 二万円と50ccバイクが旅の道連れ。制限速度の30キロを守りつつ、初めて見る土地、初めて切り開く未来の予感に震えながら、僕は日本列島をだらだらと北上した。
 
 青森で残金三十五円になった僕は、幸運にも短期のバイトにありつき、その金で津軽海峡を渡る。初めての北海道。僕の青春の土地だ。一気に層雲峡まで走り、住み込みで働き始めた。朝五時に起きて観光客に自転車を貸す仕事をしながら、僕は二十歳の誕生日を迎えた。ゆっくりと明けてくる二十代初めての朝日に染まりながら、自分の道を歩いているという実感だけがひりひり僕の肌を刺した。誰も祝ってくれないひとりぼっちの「成人式」。

 北海道では、行く先々の公園で寝袋にくるまって寝た。ホームレスの人たちとも知り合いになった。故郷や大学から遠く離れ、どん底の生活だったが、同時にどん底から物を見ることの大切さを体に染み込ませた。

 「understand(理解する)」という単語の語源は、「under(下に)」「stand(立つ)」だ。相手を理解することは相手の下に立つこと。教師ならできない生徒の下に立ち、政治家ならホームレスの気持ちを自分のように感じること。それ以外を「理解」とは言わない。

 三ヶ月の旅のラストは函館。そこに「BOP(バップ)」という名のジャズ喫茶がある。そのそばの公園で一週間寝ながら、BOPでひたすら詩集を読んだ。ある雨の日、マスターは僕を店に泊めてくれ、そして言った。「君はとてもぜいたくな旅をしているんだね」

 その言葉は、負の方向に逃げてばかりいた僕の後ろめたい心を一挙に解放してくれた。やむにやまれぬ自分の生き方なら、それがどんなに負の方向に向かうように見えても恥じることはない。いや、それこそが唯一自分へ向かう旅なのだ。成人式が「ひとりぼっちの旅」のスタートであってほしい。「tough(タフ)」な旅だが、一度限りのすてきな出会いがきっと君を待っている。

 P.S. 実はBOPは2008年4月に火災にあって、昔あった五稜郭からJR函館駅に近い新川町に移転したのですが、新しいBOPを作ろうと頑張っているところです。今年の11月にはBOP40周年記念コンサートも開催の予定。来年受験に受かった後、是非、君の青春の地図の1ページにBOPを加えてやってください。