2010年5月10日

ごちゃごちゃ口出ししない

Filed under: blog — Nishitani @ 7:45 AM

 「・・・夕食はのどを通らなかった。好物の豆と、トウモロコシパンだったが。食べながら、祖父がぼくを見つめて
言った。「なあ。リトル・トリー。おまえの好きなようにやらせてみる。それしかお前に教える方法はねえ。
もしも子牛を買うのをわしがやめさせてたら、おまえはいつまでもそのことをくやしがったはずじゃ。逆に、買えと
すすめてたら、子牛が死んだのをわしのせいにしたじゃろう。おまえは自分でさとっていくしかないんじゃよ。」
                                  『The Education of Little Tree』(フォレスト・カーター著)

 少年(リトル・トリー)はさんざん悩んだあげく、自分が大切に貯めていたなけなしの金50セントで子牛を買う。
子牛が元気ならとても買い得だったのだが、子牛はその後すぐに病気で死んでしまう。つまり、まんまとだまされたわけだ。祖父はおそらく、その結果が予想できたのだが、あえて買うのをやめとけなどという指示を少年にしなかった。その後の祖父のことばがこれ。
 ここからのlesson【教訓】は明らかだろう。つまり、人間が成長するのは自分の決断でやったことを通した場合のみであるということだ。
 
 僕にも同じような経験がある。あまり他人にはいいたくないことだが、大学に入りたての頃、東京の荻窪で道を歩いてたら、突然、車の中の人に呼び止められて、デパートの品(ライター)だけど余りが出て、安く売るから買わないかとむりやりさそわれ、つい買ってしまったが、実は・・・というような経験だ。情け無いことだけど、しかし、その時のことはしっかり覚えていて、今でも表面上の旨い話には決して安易に乗らないようにしようと心がけている。みなさんにも同様の経験はあるでしょう。情け無いけど、心にしっかり残るという経験。これはとても大切な宝物になる。

 僕は教育の究極の理想は、生徒に教えることではなく、生徒に好きなようにやらせること、それを落ち着いて見守ってあげること、そして、必要であれば、結果についてともに話し合うことだと思っている。それでもお前は教師かってお叱りを受けそうだが、learn【学び身につける】ということばの本質はやはり、まず、自分の責任で決断し始めること、そして、たとえ失敗しても、その失敗を通して学び身につけていくこと、これ以外にはないと思う。
                          
 ということで、本日は情け無い経験だって時にはいいものだよ、ということでした。